海上輸送の三原則
「海上輸送の安心・安全な運航」と「海洋・大気環境負荷の低減」ならびに「海上輸送の経済性」を、グローバル化した国際物流を支える「海上輸送の三原則」と捉え、これらを統合した新分野の開拓を神戸大学海事科学研究科と経済・経営学研究科の教員らが協力して進めている。本書は,その最新の取り組みを平易に解説。
書籍データ
発行年月 | 2013年7月 |
判型 | A5 |
ページ数 | 288ページ |
定価 | 3,520円(税込) |
ISBNコード | 978-4-303-16410-2 |
概要
地球規模で人や物が移動するようになった現在、海上輸送が果たす役割は、ますます重要になってきている。「持続可能な海上輸送」を継続するには、海難の頻度を低くする船舶運航技術の開発や、経済の動向を見据えた経済的効率を図る運航の取り組みが強く求められている。さらに、海洋や大気環境負荷を低減させる技術への投資も伴う。このような社会情勢に鑑み、「海上輸送の安心・安全な運航」と「海洋・大気環境負荷の低減」ならびに「海上輸送の経済性」を包括した研究は、先進的取り組みと言える。グローバル化した国際物流を支えるこれら3つの要素を「海上輸送の三原則」と捉え、これらを統合した新分野の開拓を神戸大学海事科学研究科と経済・経営学研究科の教員らが協力して積極的に進めている。本書では、上述した海上輸送に係る3つの要素についての最新の取り組みを、研究グループの担当者に平易に解説してもらった。
第1部は、海上輸送の安心・安全をより一層向上させる運航支援システムについて言及する。第1章では、海上輸送の安心・安全の概念について説明する。第2章では、(独)海洋研究開発機構のスーパーコンピュータで予測した航行海域の気象・海象の数値予報について、沿岸海域と大洋に分けて平易に説明する。第3章では、沿岸航海の最適航法について解説する。第4章では、実海域航行船舶の性能などについて、船体運動の計測方法と計測結果に基づき解説する。
第2部は、国際航路に就航する船舶が備えなければならない海洋や大気環境への負荷低減対策について言及する。第1章では、船舶バラスト水や船底付着したフジツボなどの生物種が越境移動している現状と、生物多様性を保全するために進められている対策について説明する。第2章では、船舶の動力源である内燃機関(エンジン)の燃料や排出する諸物質について概説し、それら物質の排出規制に関する国際的な動向を紹介する。また、大気環境への負荷を低減するために実施しているエンジンへの次世代燃料適用、排ガスの後処理システム開発、排出物質の大気拡散予測について説明する。第3章では、海難事故により流出した原油の拡散予測について、実際の観測値との比較を通して、高度化した予測法の有用性について説明する。
第3部は、海上輸送の経済性について言及する。海上輸送を行う船舶の運航には費用が発生する。この費用計算は、これまでは船社や荷主が直接負担する費用項目だけが対象になっていた。しかし、現実には船舶の運航によって派生する海洋汚染や大気汚染といった「環境費用」を考慮しなければならない状況が現代である。第1章では、船舶の運航によってどのような「私的費用」が発生するかを説明する。第2章では、どのような「外部費用」が発生するかを説明する。第3章では、石油価格の高騰対策、$mathrm{CO}_2$排出削減対策などから一般化している減速運航が私的費用ならびに外部費用にどのような影響を及ぼすかについて明らかにする。
第4部は、第1部から第3部で述べた、海上輸送の三原則である「安心・安全」、「海洋・大気環境保全」および「経済性」に関して、個々に取り組むのでなく、総合的に捉えた海上輸送体系のありかたについて言及する。
自然科学と社会科学分野の双方向から、持続可能な海上輸送の在るべき姿について考察した書物は希少であり、これが本書の大きな特徴となっている。船会社の皆様や海事分野を学ぶ高等専門学校の学生、大学学部生や大学院生に、本書が価値ある書物となることを願っている。(「はじめに」より抜粋)
目次
<第1部 海上輸送の安心・安全>
第1章 海上輸送の安心・安全の概念
第2章 気象・海象の数値予報
2.1 はじめに
2.2 沿岸海域
2.2.1 はじめに
2.2.2 海上風の数値計算
2.2.3 潮流の数値計算
2.2.4 波浪の数値計算
2.2.5 数値計算結果
2.3 大洋海域
2.3.1 モデル計算概要
2.3.2 気象・波浪モデルの予測計算
2.3.3 まとめ
第3章 航海と最適航法
3.1 はじめに
3.2 数値ナビゲーションシステム
3.2.1 船舶操縦性能モデル
3.2.2 数値ナビゲーションシステム
3.2.3 数値ナビゲーションシステムの活用
3.3 大洋航海のウェザールーティング
3.3.1 実験概要
3.3.2 最短時間航路
3.3.3 まとめ
第4章 実海域航行船舶の性能
4.1 はじめに
4.2 船体運動・航海情報のデータ収集システム
4.2.1 実船への装備
4.2.2 システムの構成と設置
4.2.3 VDRからのデータ収集(航行データ、機関データ、気象データの一部)
4.2.4 気圧温度湿度変換器からのデータ収集
4.2.5 加速度センサーからのデータ収集
4.2.6 レーダー波浪観測装置
4.2.7 データ回収
4.3 動力負荷特性
4.3.1 動力伝達の流れ
4.3.2 動力伝達における損失
4.3.3 動力伝達における効率
4.3.4 動力伝達における要素の特性
4.3.5 動力と負荷の平衡特性
4.3.6 動力と負荷の動特性
4.4 実海域航行船舶の性能計測
4.4.1 研究の背景
4.4.2 海上輸送の評価の流れ
4.4.3 オンボード実船計測
4.4.4 荒天航海時の特性分析
4.4.5 結論と今後の研究課題
<第2部 海上輸送の環境保全対策>
第1章 船舶運航にともなう生物の越境移動
1.1 船舶バラスト水
1.2 越境移動を阻止したい10種類の生物種
1.3 船体付着生物の越境移動
1.4 バラスト水を介して越境移動した生物種が定着する条件
1.5 オーストラリア研究者が実施した有毒渦べん毛藻の原産地調査
1.6 タスマニア島へ越境移動した有毒渦べん毛藻の原産地調査
1.7 病原性Vibrio choleraeの生理・生化学
1.8 東京湾のVibrio属海洋細菌および病原性Vibrio choleraeの調査
1.9 海洋細菌群集と競合する状態でのV. cholerae生存力の推定
1.10 日本からカタールへ向かうLNG船のバラスト水およびバラストタンク堆積物の微生物調査
1.11 バラスト水殺菌技術の開発
1.12 まとめ
第2章 エンジン排出物質の拡散と低減技術
2.1 舶用エンジンを取り巻く環境
2.1.1 エンジンの燃料と排出物質
2.1.2 エンジン排出物質の国際的規制
2.2 次世代燃料のエンジン適用
2.2.1 ジメチルエーテルの混合利用
2.2.2 バイオ燃料の有効利用
2.3 排ガスの後処理システム
2.3.1 コロナ放電
2.3.2 排ガス充電器と静電水スクラバによるNOxおよびPMの低減
2.4 エンジン排出物質の大気拡散予測
2.4.1 拡散モデル
2.4.2 排出源モデル
2.4.3 大気モデル
2.4.4 拡散係数
2.4.5 大気拡散予測
第3章 海上流出した原油の高精度拡散予測
3.1 船舶の流出油による海洋汚染
3.2 油類の物理的な特性
3.2.1 水面上での油の広がり
3.2.2 蒸発と溶解
3.2.3 分散
3.2.4 風の影響
3.2.5 流出油の数値予測における海流の影響
3.3 流出油拡散予測シミュレーションの実例
3.3.1 グリッドシステム
3.3.2 海流データ
3.3.3 風速データ
3.3.4 油流出シミュレーションモデル
3.3.5 ナホトカ号事故のシミュレーション
3.3.6 まとめ
<第3部 海上輸送の経済性>
第1章 海上輸送の費用
1.1 海運サービスの基礎
1.1.1 サービスとは
1.1.2 海運サービスの特徴
1.1.3 海運サービスの種類
1.1.4 海運サービスの要素サービス
1.2 海運市場の構成
1.2.1 海運市場
1.2.2 海運関連市場
1.3 海運業費用の構成
1.3.1 要素サービスと海運業費用
1.3.2 海運業費用の諸項目
1.3.3 海運業費用の実態
第2章 海上輸送の外部費用
2.1 外部費用とは
2.2 海運の外部費用
2.3 海運の外部費用を巡る議論
2.3.1 交通モード全体の外部費用に関する議論
2.3.2 海運の外部費用項目別の議論
2.4 海運の外部費用の推定
2.4.1 基礎データの準備
2.4.2 各外部費用の推定方法
2.4.3 海運の外部費用の推定結果
2.5 まとめ(政策的適応の可能性)
付論:外航海運への適用事例
第3章 コンテナ船の減速運航と社会的費用
3.1 減速運航とは
3.1.1 減速運航の背景
3.1.2 減速運航とは
3.2 減速運航のメリットとデメリット
3.2.1 燃料消費量の減少
3.2.2 CO2排出量の削減
3.2.3 過剰船舶の吸収
3.2.4 設備のダメージ増とメンテナンスコストの上昇
3.2.5 荷主のコスト上昇
3.3 減速運航の取り組み状況
3.4 大型コンテナ船の減速運航による経済性
3.4.1 分析対象
3.4.2 AE2のMaersk Essex
3.4.3 航海時間と航海速度の関係
3.4.4 減速運航の経済性
3.4.5 まとめ
<第4部 輸送の三原則の統合>
1 海上輸送の安心・安全
2 海上輸送の経済性
3 海上輸送の環境保全
3.1 大気環境保全
3.2 海洋環境保全
4 これからの海上輸送
プロフィール
阿部晃久(神戸大学大学院海事科学研究科教授)〔第2部第1章、第3章〕
内田 誠(神戸大学大学院海事科学研究科教授)〔第1部第4章第3節〕
笹 健児(神戸大学大学院海事科学研究科准教授)〔第1部第4章第4節〕
塩谷茂明(神戸大学自然科学系先端融合研究環教授)〔第1部第1~3章、第4部〕
嶋田陽一(神戸大学自然科学系先端融合研究環助教)〔第1部第2章、第3章〕
正司健一(神戸大学大学院経営学研究科教授)〔第3部第2章〕
鈴木裕介(九州産業大学商学部講師)〔第3部第2章〕
高山敦好(広島商船高等専門学校講師)〔第2部第2章第3節、第4節〕
段 智久(神戸大学大学院海事科学研究科教授)〔第2部第2章第1節、第2節〕
崔 栄珍(独立行政法人 海洋研究開発機構任期付研究員)〔第2部第3章〕
寺田大介(独立行政法人 水産総合研究センター水産工学研究所研究員)〔第1部第4章第1節〕
三村治夫(神戸大学大学院海事科学研究科教授)〔第2部第1章〕
吉田 茂(神戸大学大学院海事科学研究科教授)〔第3部第1章、第2章付論、第3章〕
若林伸和(神戸大学大学院海事科学研究科教授)〔第1部第4章第2節〕