明治から昭和を生き抜いた船

信濃丸の知られざる生涯

宇佐美昇三 著

2018年度住田正一海事史奨励賞

19世紀に入ってまもなく日本郵船の貨客船として建造された信濃丸。日露戦争時には仮装巡洋艦として、日露戦争後は客船、沖取工船として活躍、太平洋戦争中には輸送船、戦後には引揚船となり、多くの人や物を運んだ。地道で丹念な取材を基に、信濃丸の数奇な一生を綴る。

書籍データ

発行年月 2018年5月
判型 四六
ページ数 184ページ
定価 1,650円(税込)
ISBNコード 978-4-303-63441-4

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概要

 「核戦争一分前だ」
 私がぴりりと緊張を覚えたのは、一九六二年一〇月の「キューバ危機」のときである。一年間の米国留学を終えNHK国際局報道部に復職した直後だった。まだ本当に駆け出し部員で、先輩たちのあとをうろうろしているだけだった。二二日月曜日、東部時間午後七時、米国のジョン・F・ケネディ大統領が、キューバにソ連製核弾頭を装備できるミサイルと、爆撃機の基地があることが明らかになったと放送。このミサイルは米国本土に届くこと、もしキューバから攻撃を受けたら、ソ連の攻撃とみなし報復する用意があると述べた。次にケネディはソ連にミサイルを撤去するように要請し、今後、国連を通じて必要な措置を取ると言明した。さらに「米国独自でも」核兵器を運ぶソ連船のキューバ到着を阻止する予防措置を海軍に命じた。その海上立入検査のために航空母艦エセックスや駆逐艦を出動させた。
 このため米国が決めた海上封鎖線にソ連船が近づき、停船命令を聞かずに航行すれば撃沈されるという事態もあり得た。二三日以降、ソ連のニキータ・フルシチョフ首相は、米軍の海上封鎖やキューバ攻撃は平和への脅威で、「重大な結果」を招くと反発。あわや原爆、水爆を用いた全面戦争の危機が起きた。
 二六日にフルシチョフがソ連船に引き返すように命じ、ケネディがトルコに配置したミサイルを撤去するなら、キューバからミサイルを撤去すると同意した結果、世界は破滅的な戦争を回避することができた。実際には最後まで両国首脳は、お互いの真意を憶測し、軍事行動に備えていたし、米国偵察機のソ連領空侵犯や、核魚雷を装備したソ連潜水艦の海上封鎖線通過、キューバのグアンタナモにある米軍基地へのソ連軍の戦術核攻撃準備など、両国首脳が関知しない末端で、全面戦争になりかねない事態が起きていた。マイケル・ドブスの『核時計零時1分前|キューバ危機・13日間のカウントダウン』(NHK出版、二〇一〇年)は、両国の公開された機密文書を用いて六〇〇ページに渡り、手に汗握るキューバ危機を描いている。
 歴史は繰り返す。今、この原稿を書いているときにも、北朝鮮の相次ぐミサイル発射実験、核実験が報道され、航空母艦カール・ビンソン(約一〇万排水トン)が朝鮮半島の近海に入ったという。二〇一五年に成立した安全保障関連法に基づいて、この五月一日に海上自衛隊の護衛艦「いずも」が、米補給艦の護衛を命じられ、初の任務に就いた。
 さて、本書は、今から一一〇年前に日本海で起きた日本の危機が、信濃丸などの活動で、いかにして避けられたか、そして、その危機は、信濃丸の一新米士官の間抜けな怪我の功名で回避されたのであったこと、さらに、その船は、その栄光の故もあって生きながらえ、数奇な一生を送ったことを描く。
 日本の危機は、キューバ危機のような全世界を破滅させるような大きなものではなかった。だが、もし日露戦争が日本の敗北に終わっていたなら、極東の地図は今とは大いに変わったものになっていたことだろう。敗北を避けるために人々がどのように備え、シーパワーを維持してきたか、一隻の地味な船の一生を通して、その過程を物語ってみたい。(序章より)

目次

第1章 長州五傑が目指した英国―日本のシーパワーの夜明け
第2章 日本商船隊の誕生
第3章 日英、新聞に見る「海への関心」
第4章 信濃丸の英米航海
第5章 仮装巡洋艦信濃丸の誕生
第6章 信濃丸敵発見の真相
第7章 シーマンシップ
第8章 北米航路の陰に
第9章 炎暑の内台航路
第10章 北洋の信濃丸
第11章 沖取工船の本部船
第12章 戦時統制下の信濃丸
第13章 引揚船信濃丸
第14章 引揚船の陰に掃海隊
第15章 朝鮮戦争下の信濃丸

プロフィール

宇佐美昇三(うさみしょうぞう)
1934年名古屋市生まれ。立教大学卒業。1959年NHK入局。1961年同国際局報道部を休職し,フルブライト全額支給生でニューヨーク大学に留学。1970年国際基督教大学大学院修士課程修了。NHK教育番組ディレクター,同総合放送文化研究所員を経て,1986年に上越教育大学助教授,89年同大学教授,93年から駒沢女子大学教授。2005年,同大学定年退職。現在,外国語教育メディア学会関東支部名誉会員。
著書に『からくり絵箱』(青英舎,1982年),『笠戸丸から見た日本―したたかに生きた船の物語』(海文堂出版,2007年),『蟹工船興亡史』(凱風社,2013年)など。