事故分析のためのヒューマンファクターズ手法
―実践ガイドとケーススタディ
事故分析と調査にかかわっている実務者に、適切なヒューマンファクターズ手法の選択を可能とする情報を提供する。AcciMap、HFACS、CDM、命題ネットワーク、クリティカルパス分析その他、さまざまな手法を紹介するとともに、各手法を効果的に適用するための実際的なガイダンスと、詳しいケーススタディが示されている。
書籍データ
発行年月 | 2016年8月 |
判型 | A5 |
ページ数 | 304ページ |
定価 | 3,520円(税込) |
ISBNコード | 978-4-303-72987-5 |
概要
不幸にして起こった事故から教訓を学び取り,再発防止へと活かしていくことは,安全推進の基本の一つであり,そのためには事故分析の方法論や手法が必要となる。
事故分析というと,連関図法(なぜなぜ分析)に代表されるRCA(root cause analysis:根本原因分析)の手法が有名である。
この手法は現場で生じた事故とその周辺において,事故をもたらした諸要素の因果状態を明らかとするのにきわめて有益である。いわば万能包丁のようなものであり,使い勝手がよく便利ではあるが,お刺身のお造りのような微細な調理や,逆にマグロの解体のような大きな対象をさばくことには向かない。それらにはそれに応じた刺身包丁や解体包丁が必要となる。つまり,ミリ秒単位で進展する認知プロセスに立ち入った分析や,監督・管理制度,企業経営,規制や監督行政などにまで立ち入らざるをえない事故(換言するなら,現場員の手が及ばないところの諸問題の帰結として生じた事故)の分析などには,相応の別の手法が求められる。
本書で紹介される事故分析の各手法は,それらRCA手法ではうまく扱えなかったタイプの事故を取り扱うためのものである。そして,そうしたタイプの事故は,ICT化が進むなかでシステムオペレーターには瞬時の判断が要求される機会が増え,一方では,巨大・複雑化する社会や社会技術システムにおいて,組織管理のあり方,規制行政のあり方が問われる事態も増え,珍しいこととはいえなくなっていることも,遺憾ながらまた事実である。本書で示されている手法が重宝される事態が生じてはならないことはもちろんではあるが,不幸にしてそれらの事故が生じたときには,それを解剖し,理解し,再発防止への教訓を一歩前進型で得ていくことはきわめて重要である。その際に,本書の各手法は大変有用なものである。
本書は実務書であり,第1章で事故分析の概念を紹介した後,第2章で,それら事故分析手法の概要が紹介されている。第3章から第7章までは,各手法の適用事例が詳しく紹介され,読者の実務的な理解を大いに助けている。さらに第8章は手法を組み合わせて用いる有用性を述べている。また第9章では各手法の適用範囲について相互比較を論じている。初学者でも理解しやすい内容ではあるが,手法の本質を理解するには,ある程度の事故調査,事故分析の経験を有していることが望ましいだろう。(「監訳者あとがき」より抜粋)
目次
読者は本書を順に読む必要はない。独立して各章を読むことができるようになっている。事故原因に関するモデルに詳しくない読者のために,まず第1章では事故原因に関するモデルの概要と事故分析法について,一般論を述べる。この章は事故原因について,革新的あるいは新しい見解を提供するものではない。むしろ,現在のヒューマンファクターズの文献の範囲内で,現状のごく一般的な概要を提供するものである。
第2章では事故分析法に関して,簡単な導入を提供する。そして,事故分析目的のために適用されてきた,もしくは適用することができるいくつかのヒューマンファクターズ手法について,少し詳しい解説とガイダンスを述べる。ここでは著者らがかねてより有用であると考えている次のヒューマンファクターズ手法の記述基準を利用して,各手法を説明していく。
1. 名称と略称:手法の名称と,その関連した略称
2. 背景と適用:手法の概略,その起源,その後の展開など
3. 適用領域:その手法が当初開発,適用された領域,その後のその手法の他の領域への応用
4. 事故分析・事故調査への適用:事故分析と調査目的のために,その手法がどのように適用されたか
5. 手順と留意点:その手法の適用プロセスと,その手法に関する一般的なアドバイス
6. フローチャート:手法を適用するとき,分析者が従わなければならない手順を表すフローチャート
7. 利点:事故分析のためにその手法を用いることの主要な利点
8. 弱点:事故分析のためにその手法を用いる際の主要な問題点
9. 分析例:その手法を実際に適用したときに得られた結果例
10. 関連手法:その手法に密接に関連した手法。これは,その手法とともに適用されなければならない他の手法,その手法のインプット情報を与える他の手法,その手法と類似した他の手法などである。
11. おおよその訓練期間・適用期間:読者に対してイメージを与えるために,その手法を使用するにあたって必要な訓練期間と,実際に適用したときに要するおおよその時間
12. 信頼性と妥当性:その手法の信頼性や妥当性に関して,学術論文に発表されたエビデンスを紹介
13. 必要な道具:その手法を使用するときに必要とされる道具(たとえばソフトウエアパッケージ,ビデオ,オーディオ記録装置,メモ帳)
14. 推薦文献:その手法とその周辺のトピックとして,参考とすべき文献をリストアップ
手法の説明は3つのレベルを追って行う。まず,検討対象とした手法の詳細な概要を示す。次に,ある分析のために研究者や実務者が適切な手法を選択しようとする際に必要となるであろう情報(たとえば関連手法,分析結果例,フローチャート,訓練期間,適用期間,必要な道具,推薦文献)を示す。3番目には,選択した手法をどのように適用するかについて,段階を追ったフォーマットで,詳細なガイダンスを示す。
第2章に引き続く各章では,第2章で記述された各手法について,著者らがかかわった適用事例を示していく。各々のケーススタディでは,体系化されたフォーマット,すなわち,なぜ,どうやってその手法を適用したのか,そして分析によって得られた結果と結論に関する概要を示す。7つのケーススタディに引き続き,第8章では手法を統合的に用いたケーススタディを示す。これはヒューマンファクターズ手法を統合したフレームワークを事故分析のために用いたものである。ケーススタディの各章の概要を以下に示す。
第3章「AcciMap」:アウトドア活動と武装警官の対応に関するケーススタディ。第3章では,AcciMap事故分析法について,典型的な2つのケーススタディを提示する。最初の事例はライム湾(イングランド南部の海岸沖)でのカヌー事故に関して,システムの広い範囲に存在した諸問題を記述するためにAcciMapを適用した例を示す。第2の事例では,ストックウェル(英国,南ロンドン)でのJean Charles De Menezes氏の銃撃事件の分析に関してのAcciMapの適用を示す。
第4章「HFACS(Human Factors Analysis and Classification System)」:オーストラリアの民間航空機事故と鉱山事故のケーススタディ。第4章では,HFACS(Human Factors Analysis and Classification System)について,2つのケーススタディを示す。最初の事例は,保険会社のデータベースにより得られたオーストラリアの民間航空事故の分析におけるHFACSの適用例を示す。2つ目の事例では,2007~2008年の間にオーストラリアの主要な鉱業会社で起こった263件の重大な採炭事故の分析にHFACSを適用した例を示す。
第5章「CDM(Critical Decision Method)」:小売業での労災事故のケーススタディ。第5章では,小売業における事故において,事故直前になされた判断を調査するため,認知的タスク分析アプローチであるCDM(Critical Decision Method)を用いたケーススタディを示す。小売店労働者の49件の労災事故に関して,そこでの判断に影響している要因を調査するためにCDMが用いられたものである。
第6章「命題ネットワーク(Propositional Networks)」:同士撃ち砲撃事故のケーススタディ。第6章では,軍で生じた同士撃ち砲撃事故の分析のために命題ネットワーク分析方法を適用したケーススタディを示す。湾岸戦争における戦車チャレンジャーIIの同士撃ち砲撃事故に関する状況認識の失敗を説明するために,命題ネットワークが用いられたものである。
第7章「CPA(Critical Path Analysis)」:ラドブローク・グローブ事故のケーススタディ。第7章では,英国ラドブローク・グローブ鉄道事故の分析にCPA(クリティカルパス分析)を適用したケーススタディを示す。事故の直前に列車進入警告信号を出そうとした信号手の反応をモデル化することに,CPAが用いられた。
第8章:手法の統合事例。第8章では,異なるヒューマンファクターズ手法を統合したフレームワークを適用したケーススタディとして,Provide Comfort作戦でのブラックホーク友軍砲撃事故の分析を示す。このケーススタディの目的は,ヒューマンファクターズ手法が事故を分析するためにどのように統合化され,有効に適用されるかについて示すことである。
第9章:まとめ。第9章では,事故分析法の有用性に関する考察を行う。各々の手法の分析結果を一般的な事故原因フレームワークにマッピングし,複雑な社会技術システムにおける事故原因を特定するための,各方法の能力について議論する。(「はじめに」より抜粋)
その他
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