海・船・資源のためのリスクマネジメント
海事・海運産業による石油・天然ガスなどのエネルギー資源調達の過程に生じる様々な危険や脅威を広くリスクととらえ、それらを特定、除去、軽減、防止するためのリスクマネジメントの視点から、資源開発と海上輸送の安全について具体的に解説する。
書籍データ
| 発行年月 | 2026年2月 |
| 判型 | A5 |
| ページ数 | 216ページ |
| 定価 | 2,970円(税込) |
| ISBNコード | 978-4-303-72977-6 |
概要
VUCA(ヴーカ)という言葉は、冷戦終結後の混迷する時代の到来に備え、アメリカ陸軍戦争大学の教育課程で1987年に使われ始めた軍事用語に端を発する。米ソ対立の終焉によって、多くの主体が交錯し、状況は複雑に変化し、予測や状況認識、判断や意思決定がいっそう困難になる、そうした認識を、変動性(Volatility)・不確実性(Uncertainty)・複雑性(Complexity)・曖昧性(Ambiguity)という4つの言葉で表現したものである。
こうしたVUCAの時代認識は、新型コロナウイルス感染症の世界的流行、ウクライナ戦争、さらには中東情勢の不安定化をとおし、ますます説得力を持つようになった。その一方、四面環海の日本では今日も、国民生活と社会経済活動を支える物資の調達が、日本商船隊による長距離海上輸送をつうじて確実に遂行されている。これは日本の海事・海運産業が、輸送路上で遭遇するあらゆるリスクを様々な角度から把握・特定し、これらを取り除いて損失を防止し、緊急時の対応を準備して被害を最小限に抑えるための努力を尽くしているからにほかならない。
日本とヨーロッパをつなぐスエズ運河と紅海の出口となるバブ・エル・マンデブ海峡とアデン湾や、ペルシア湾岸諸国からの原油・天然ガス輸送に必須のホルムズ海峡で、船舶は、種々の脅威を回避しながら海上のいかなる危険にも堪えて安全な輸送を実現することでサプライチェーンを維持・強靭化している。このような海事・海運産業の特筆すべきパーパス(存在意義)は、VUCAの時代にあっても決して揺らぐことがない。
エネルギー資源の開発と海上輸送を担う海事・海運産業は、長年にわたり高度な専門技術の向上に取り組み、人材を訓練・育成するとともに、文化的・宗教的多様性を尊重し外国人技術者と協働しながら、海上でのあらゆる危険に堪えて物資調達を担ってきた。この事業を継続するためのリスクの把握と回避、対策と緊急対応の準備、損失の防止と軽減のための知識と経験の蓄積は、体系化された優れたリスクマネジメントの例を提供する。この点で、海事・海運産業には、VUCAの時代の新たな意義を見出すことができる。
本書は、こうした海事・海運産業による石油・天然ガスなどのエネルギー資源調達の過程に生じる様々な危険や脅威 ―事故や違法な攻撃・干渉による人命・財産・環境などの損失のおそれ― を広くリスクととらえ、それらのリスクを特定し、除去し、損失を防止または軽減して事業を継続するためのリスクマネジメントの視点から、資源開発と海上輸送の安全を論じる。海上での事業と船舶の運航を担う海事・海運産業がつちかってきた高度な技術と強固な精神性・倫理性の継承をリスクマネジメントの1面と位置づけ、その内容、仕組み、および課題を明らかにする。
日本のサプライチェーンを支え強靭化する船舶輸送を遂行するため、本国から遠く離れた海上で、長期間にわたり、あらゆる脅威を克服して航海を続ける海事・海運産業とこれを支える人々の使命を多くの皆様に理解して頂きたく、本書がその一助となれば、望外の幸せである。(「はじめに」より抜粋)
目次
第1章 資源開発と海上輸送のリスクマネジメント
第1節 石油・天然ガス資源開発におけるリスクマネジメント
第2節 資源開発と海上輸送の安全管理システム
コラム 北海油田の境界画定とユニタイゼーション
第3章 資源開発と海上輸送のデューディリジェンス
コラム 対イラン制裁のスナップバックと石油開発
第2章 海上輸送の技術と精神の継承
第1節 安全運航とシーマンシップ
第2節 船長-過去・現在・未来-
第3節 船長のリスクマネジメント-奴隷船を題材にして
第4節 枠組み間の対話としての教育-パラドックスから「他者理解」の可能性へ
コラム 「ラーニングサイクル理論」と「最近接発達領域理論」
第3章 地政学的リスクとサプライチェーン強靭化
第1節 海峡封鎖のリスクと商船の安全
第2節 地政学的リスクに対する船舶の保安対策
第3節 地政学的リスクから見た北極海航路の評価
コラム ロシアと北極地域の法
海事リスクマネジメント基本用語集
索引
プロフィール
大河内 美香(おおこうち みか)
東京海洋大学学術研究院海洋政策文化学部門准教授。海事補佐人(2305号)。
1996年 立教大学大学院法学研究科民刑事法専攻博士前期課程修了。1998年 パリ第2大学第3課程大学高等学位(DSU)取得。2000年 東京都立大学法学部助手。2005年より現職。
専門分野は海洋法、国際法、海事法規。
論 文:大河内美香「GNSSのジャミングと欺瞞の規制と国家責任の法構造 ―測位機能保証のための法的・技術的・軍事的視点から」(青木節子・中谷和弘・菊地耕一・JAXA総務部法務・コンプライアンス課 編『宇宙法の位相』所収(信山社、2025年)、「国際関心事項及び国内管轄事項としての検疫の位置 ―国際機関と国家の権限の整序─」(江藤淳一 編『国際法学の諸相 ―到達点と展望』所収(信山社、2015年)
河合 展夫(かわい のぶお)
東北大学理学部地球物理学科卒業。1980年 石油資源開発株式会社入社。2020年まで同社にて石油・天然ガス探鉱を目的として、国内では北海道・秋田・新潟、および海外では中国・カンボジア・ミャンマー・カザフスタン・アゼルバイジャン・ヨルダン・アルジェリア・モザンビーク・マルタなどにおける現場作業を含む探査業務に従事。また子会社にて、国内の地震防災・CCSなどを目的とする調査業務に従事。1999年~2001年 アゼルバイジャン駐在。2016年〜2025年 秋田大学国際資源学部非常勤講師(危機管理学)。2017年~2020年 株式会社地球科学総合研究所代表取締役社長。2014年 次世代海洋資源調査技術研究組合を設立し、2020年まで同組合理事長を兼務。
専門分野は観測地震学、資源探査学、とくに地震探査技術。
共著書:『石油鉱業便覧(2013)』(石油技術協会、2014年)、『海洋開発産業概論 改訂第3版』(国土交通省・日本財団、2021年)、『海洋開発ビジネス概論 改訂第2版』(国土交通省・日本財団、2022年)
竹本 孝弘(たけもと たかひろ)
東京海洋大学学術研究院海事システム工学部門教授。博士(海事科学)。一級海技士(航海)
1984年 東京商船大学乗船実習科航海課程修了。同年運輸省航海訓練所助手(三等航海士)。2001年 独立行政法人航海訓練所教授。2007年 独立行政法人航海訓練所船長。2009年より東京海洋大学大学院教授。2012年から現職
専門は海上交通安全、運航管理、海事法規、海難分析、船員災害。
共著書:『船長職の諸相』(山縣記念財団、2018年)、『図解 港則法』(成山堂書店、2018年)、『海技士徹底攻略問題集』(海文堂出版、2009年)
逸見 真(へんみ しん)
広島商船高等専門学校学校長。一級海技士(航海)。博士(法学)。
1985年 東京商船大学商船学部航海学科卒業。1985年 東京商船大学乗船実習科修了。2001年 筑波大学大学院経営政策科学研究科企業法学専攻課程(修士課程)修了。2006年 筑波大学大学院ビジネス科学研究科企業科学専攻課程企業法コース(博士課程)修了。
新和海運株式会社船長を経て2009年 独立行政法人海技大学校(現 独立行政法人海技教育機構)講師、助教授、准教授。2013年 同校付属練習船船長併任。2014年 東京海洋大学大学院海洋科学技術研究科海洋工学系教授、同大学学術研究院海事システム工学部門教授。2024年より現職。
専門分野は国際法(海洋法)、海事法
著 書:『便宜置籍船論』(信山社、2006年)、『船長論 ―引き継がれる海の精神』(海文堂出版、2018年)、『船長のための海洋関係法 ―海洋の自由と法秩序』(海文堂出版、2023年)
編著書:『船長職の諸相』(山縣記念財団、2018年)
共著書:『日本の海のレジェンドたち』(海文堂出版、2021年)
Bahman Zakipour(バフマン・ザキプール)
明治大学兼任講師。東洋大学大学院文学研究科哲学専攻博士課程後期修了。博士(哲学)。
2017〜2019年 放送大学非常勤講師。2019年より明治大学兼任講師。2018年 株式会社Kimiya創業、同年より代表取締役。
研究分野は比較哲学、東洋思想史、教育開発。
著 書:『井筒俊彦の比較哲学 ―神的なものと社会的なものの争い』(知泉書館、2019年)
論 文:「現代イランにおける諸宗教の共生の実態と課題」(宮本久義・堀内俊郎 編『宗教の壁を乗り越える ―多文化共生社会への思想的基盤』所収(第2章)(ノンブル社、2016年)
共著書:"Dar Rāh-e Āmūkhtan : Mohammad Reza Sarkar Arani dar Goftogu bā Bahman Zakipour darbāre-ye Āmūzesh va Towseʿe"(Tehran, Nashr-e Ney、2025年)
