命を支える現場力
―安全・安心のために実務者ができること
平成17年のJR西日本・福知山線脱線事故をきっかけに始まった、鉄道、航空、電力、医療などに携わる実務者と研究者、約100名からなる研究会のこれまでの成果をまとめた。専門書からは得られない、明日から現場でどうすればよいのかがわかる本。ヒューマンエラーの実例を豊富に取り上げ、具体的な対策を提示する。
[2012年1月、2版発行]
書籍データ
発行年月 | 2011年11月 |
判型 | 四六 |
ページ数 | 184ページ |
定価 | 1,650円(税込) |
ISBNコード | 978-4-303-73130-4 |
概要
この本を手にとっていただき、ありがとうございます。
書店には「安全管理」「事故防止」「ヒューマンエラー防止」に関する本がたくさん並んでいます。それらのなかで、この本を手にとっていただけたことは、とても光栄なことです。
私たち安全研究会のメンバーも、これまでに安全に関する本を何冊、何十冊と読んで勉強し、学んだこと、気づいたことを会社の同僚や後輩たちへ伝えてきました。一冊の本との出会いがきっかけとなり、ヒューマンファクターズや安全について考えることがライフワークになってしまったメンバーもいます。
しかし、安全に関する専門的な本には、基礎から最新の研究成果まで、さまざまな知識が詰め込まれていますが、「なるほど!」「そうか!」と納得しながら読み進んだにもかかわらず、読み終えたとき、「では、明日から自分は何をしたらよいのか?」と自問してみると、具体的な行動が思いつかないことがしばしばあります。安全のための特効薬はありませんから、本を数冊読んだくらいで具体的な解答を得ることができないのは当然のことですが、現場で日々実務をこなしている方々には、多くの本を読み、考え、職場でチャレンジしてみる余裕がないという現実があります。
私たちは、この研究会を通じて同業他社や異業種のメンバーと情報を交換し、膝づめで議論することによって、本を読むだけでは得られない生きた知識や経験があること、また、同じような悩みを抱えながら懸命に努力しているメンバーとの間で共有できるノウハウがたくさんあることに気がつきました。この本は、私たちが安全管理や事故防止に関する本を通じて学んできたこと、私たちが所属するそれぞれの業界で培われてきた安全のノウハウ、そして私たちが経験してきた失敗やそこから得た教訓などをもとに、まとめたものです。私たちと同じように、鉄道や航空などの輸送、電気やガスなどのライフライン、医療、製造などの現場で、社会の安全・安心と人々の生活を支えておられる実務者のみなさんに、私たちの気づきを少しでもお伝えすることができれば幸いです。
さて、私たちが暮らす平穏な社会では、公共交通が定時に運行され、いつでも電気が灯り、病に伏せれば質の高い医療を受けることができ、生活に必要なものが店にあふれているという日常があります。私たちは、この日常を「当たり前」と思っていますが、この当たり前を支えるために、それぞれの現場では多くの実務者が誠実に仕事を進め、努力と工夫を積み重ねています。しかし、残念なことですが、安全・安心を脅かす事故が毎日のようにどこかで起きています。事故の直接的な原因は、現場の実務者のヒューマンエラーであることが多いため、事故が起きると当事者は処罰され、社会から厳しい批判を受けることになります。現場の実務者の努力と工夫の一方で、事故が起きてしまうことは本当に残念なことです。
事故の直接的な原因がヒューマンエラーであっても、そのヒューマンエラーが引き起こされた背景には理由があります。また、ひとつのヒューマンエラーが事故に結びついてしまうことにも理由があります。この理由が事故の本質的な原因であり、それは往々にして組織的な問題であることが多いとされています。
この本質的な原因にメスを入れ、組織的な要因の改善を図らなければ、事故は再び起きてしまいます。経営トップから実務者に至るすべての階層の人たちが、本質的な原因に目を向け、組織に潜む問題点やリスクを明らかにし、改善のために行動することが最も大切です。しかし、このような組織的なアプローチには、多大な労力と長い時間を必要としますし、現場の一人の実務者にできることには限界があります。このような状況のなかで、「とても待っていられない」と歯がゆい思いをし、「自分たちで何かやってみたい」と考えている実務者が多いのではないでしょうか。
私たちは、社会で起きているさまざまな事故、そして自分たちが経験してきた事故から学ぶなかで、コミュニケーションの失敗によって引き起こされている事故が多いのではないか、あるいは事故に至るまでの「事象の連鎖」の途中で、適切なコミュニケーションがとられていたら事故を防ぐことができていたケースが多いのではないかと考えました。 そこで、今回は「コミュニケーション」を主題とし、コミュニケーションの失敗が起きる理由や、良好なコミュニケーションによって事故を防止する技術について考えてみることにしました。
この本では、ところどころに「読者への問いかけ」を挿入しています。この本を読み進めるなかでときどき立ち止まり、みなさんの現場を振り返りながら、それぞれの現場で築かれ、生かされている知恵や工夫について考えていただきたいと思います。そして、社会の安全のために、命を守るために、みなさんの「現場力」を私たちにも教えていただきたいと思います。(「読者のみなさんへ」より)
目次
第1章 事故はなぜ起きたのか?
ヒューマンエラーが事故の本当の原因か?
記憶に残る大事故を振り返ってみると
事故の直接原因はヒューマンエラーだけど
第2章 人は誰でも間違える~完璧なんてありえない
ヒューマンエラーを体験してみよう
M-SHELモデル
ヒューマンエラーを起こす要因
第3章 コミュニケーションの失敗とその対策
コミュニケーションとは
コミュニケーションの失敗
人間関係によるコミュニケーションの失敗
コミュニケーションの失敗を防止する30の技術
第4章 チームリソースマネジメント
CRM
CRMスキル
CRM-LOFT
TEM
CRMの拡がり
チームの捉えかた
第5章 人間以外とのコミュニケーション
人間と機械のコミュニケーション
人間とソフトウエアのコミュニケーション
プロフィール
<安全研究会について>
平成17年4月25日に発生した脱線事故をきっかけとして、「同じような事故を二度と起こさないために、会社や業界の垣根を超えて安全について情報を交換し、一緒に考え、研鑽するネットワーク」として平成17年6月にメンバー数人で発足。現在の会員は、鉄道、航空、船舶、電力、医療、大学などの実務者や研究者を中心に約100名。主に、メーリングリストを活用した情報交換、オフ会による勉強会、見学会などの活動を実施。
<出版担当>
西村 司(JR東日本横浜支社 総合訓練センター運転担当講師)
榎本 敬二(中部電力株式会社 碧南火力発電所 業務課長)
<出版委員(五十音順)>
安藤 美佐子(航空/元キャビンアテンダント、安全監査)
熊谷 宗一(鉄道/駅員、車掌、運転士、指令、ダイヤ策定、安全推進)
佐々木 潤(医療/医師)
平田 武(鉄道/安全管理、電気指令)
平田 正治(航空/大学講師、元航空管制官)
深澤 由美(医療/大学助教)
松下 孝行(鉄道/運転士、指令、安全管理)
宮本 麗子(航空/運航管理、安全管理)
横田 友宏(安全研究会 管理人/航空/機長、安全管理)
脇坂 悦志(電力/安全管理)
<顧問>
石橋 明(東北大学未来科学技術共同研究センター)